2016年3月9日水曜日

三宅島最終日

天気は下り坂。
風は弱いけど湿度はかなり高い。
ひとつき住んでいた部屋を片付けながら午後の船までどこで登るか迷う。候補はいくつかある。
ひとつは昨日の最後に登れなかった岩。ここは物理的にアプローチが遠いのと、昨日の感触ではちょっと自分には厳しそうな、ギリギリ感がいっぱい。岩のコンディションも悪そうだし、なにより自分のコンディションも全身筋肉痛で酷い。
ふたつめは伊豆岬。ここはアプローチも近くてまだまだ手付かずの岩がたくさんあるので初登コレクションを増やすには良いエリア。短い時間を有効に使うには良いエリア。
みっつめは宿から一番近くて数時間をあまり焦らずにこなせそうなサタドーエリア。
昨日の宿題をやるのが正道なんだが、迷うのは自分の実力に自信がないのと、もし登れなかったときにもう今シーズン来れないので、モヤモヤした気持ちを1年も持ち続けることに耐えられないことが予想出来るから。
登れない確率が高いのと、昨日の到達点より上の不確実性の高いムーブとそれを失敗したときののたうち回って救助を待つ情けない情景が頭をよぎる。
正直、怖い。

しかし、
身体は自然と目的地へ向かっている。
やるしかない、と自分に言い聞かせる。
普段は不安定で持ち運びづらいのでマットは二枚しか使ってなかったけど、借りてるもう1枚もしばりあげる。
歩きづらい砂浜をよたよた歩く。

風が無く湿度も高いので予想通り入口エリアの岩に昨日の午後に登るためにマーキングしたチョークも半分消えかかっている。
状態はかなり悪い。
幸い、大潮の引き潮始めだったので、岩海苔ぬるぬるのっこしは問題なく通過。
歩きづらい磯を20分ほどで伊ヶ谷エリア最奥のエリアに到着。
持ち時間は2時間程度。
まずはランディング整備のために取り付きの石を積み替える。あとは周辺にたくさんあった発泡スチロールの塊やブイを使って隙間を埋める。
ホールドはすっかりシオシオジケジケしている。
大量のチョークを使って、乾いて新鮮なチョークをまぶしたり刷り込んだりして、またブラッシングしてと、繰り返しシオシオ除去作業。
トップアウト周辺も、ムーブを想像しながらチョークブラッシング。
手の届かない核心部は、現場から持ってきた塗装用延長ポールにブラシをテラオカテープで固定してガシガシ除去作業。
そしてオブザベ。
時間的にも体力的にもトライはせいぜい3.4回だろう。
未知の上部のひとつひとつのムーブを想像して、同時にどこで落ちても受け身取れるように確認する。
昨日の突然のホールド剥離のこともあるから、いつどれが壊れても驚かないように想定しながらムーブを組み立てる。
しかし、
どう考えても最後の二手で落ちると右下のスラブに落ちてしまうので捻挫はまぬがれないだろうと想像できる。
怖い。

集中する。

誰もいない。
太平洋の島の外れで、小石が転がる波の音を聞きながら、恐怖心をあおる自分と闘う。
なんで岩、登るんだろう?
分からない。

のたうちまわって動けない自分にとって手の届くところに携帯を設置する。
スーパーネガティブな自分には、こうして常に最悪の状況を想像するクセが子供の頃からあって、困る。

すべてのムーブを頭のなかで組み立てることが出来たので、必要以上にチョークを指先に塗り込んで、トライ開始。

昨日の到達点を止める。異常に痛いカチが指先に突き刺さって指皮がむけながら破れていくのをスローに確実に感じる。昨日出来なかった左手マッチも出来た。指皮がズタボロになってる。
この先は未知。
足位置は低く延びきっている。あげるべき良きスタンスはなく、身体の力で5センチほどカンテにスメアフックしてる左足をずりあげる。
右上のタテホールドは遠いけど思いきって右手を出す。
止まった!
もうここからは絶対に落ちられない。
戻ることも出来ない。
自分の力量で上に行くしかない。
苦し紛れに右手を持ち直したら親指が掛かってピンチホールドに出来た。
あとはもう、ただただ
欠けないでくれ!
と懸命に思いながら次の一手。
止まってる。
そしてリップ!
とにかくぶっ壊れないでくれ、とマントル。
終わった。

声も出なかったが、特に感情も高ぶらなかった。
ただただ、
終わった。

そして、次の瞬間、自分に打ち克ったことに強烈に喜びが込み上げてきた。
なんでもかんでも自分の都合の良い方向に物事をとらえる弱くてズルい自分に、もっと弱いけど本心の自分が勝った。

しばらくこれまでのいろんな感情が高速で駆け回った。

安易な道はいつでも無限に招いているけど、物事の真理は有限なんだと。
岩登りやってて良かった。
登れて良かった。

恐怖の基準なんて個人の主観なので、グレードに加味するのはあまり意味がないように思う。

頭が真っ青で胸の紅いイソヒヨドリが舞っていた。
登れてしまうと特に難しくはなかった。
「イソヒヨドリ 初段」初登

台風が一回来れば、特に太平洋に囲まれた三宅島の海岸にある岩場は、下地が無くなったり埋まったり、最悪、岩そのものが無くなったりする。
常に変化している。
変化のサイクルが速いだけで、地球上の歴史的観念からすれば、ヨセミテだってブローだって常に変化している。
いまこのときに登るから意味があるように思う。

最終日に、
最高のクライミングが出来て、
自分はなんて幸せなんだろう。

三宅島の関係者の皆様、お世話になりました。
本当にありがとうございました。
感謝申し上げます!

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